「患難さえも喜んでいます」2024.4.14

人生には様々な苦難があり、

誰にでも大小の苦難が

予告なしにやって来ます。

イエス・キリストも

「世にあっては苦難があります」

と言われました。

 

しかし、苦難は「幸福への過程」

「祝福の道具」であると

私は確信しています。

 

今日は、苦難を

どのような姿勢で迎えるべきか

考えてみたいと思います。

 

苦難を喜ぶ

使徒パウロはローマ人への手紙の中で、

苦難に対する姿勢について

次のように語っています。

「それだけではなく、

患難をも喜んでいる。

なぜなら、

患難は忍耐を生み出し、

忍耐は錬達を生み出し、

錬達は希望を生み出すことを、

知っているからである。

そして、希望は失望に

終ることはない。

なぜなら、わたしたちに

賜わっている聖霊によって、

神の愛がわたしたちの

心に注がれているからである。」

(ローマ人への手紙5:3-5)

 

このようにパウロは

「患難をも喜んでいる」と、

苦難を肯定的な心構えで

受けとめています。

そのようなことができる理由は

「患難は忍耐を生み出し、

忍耐は錬達(れんたつ)を生み出し、

錬達は希望を生み出す」

からであると。

 

忍耐を学ぶ

私たち人間は弱い存在なので、

苦難が来たときに、

まず心がくずれます。

ですから、苦難が来たときには

心を守り、絶対肯定の

姿勢で戦わなければなりません。

 

そのためには「忍耐」すること、

がまんすることが大切です。

私たちの最大の弱点は、

忍耐できないことです。

いや私は忍耐している、

自分はがまん強いほうである、

という人に限って、

潜在意識の中に

怒りやいらだちがあり、

短気で何事もがまんできない

性質を持っているものです。

 

私たちは苦難を通して、

忍耐力を身につける

訓練を受けているのです。

聖書は、試練に耐えぬいた

人は幸いであり、

神様からの報いがあると

言っています。

「試錬を耐え忍ぶ人は、

さいわいである。

それを忍びとおしたなら、

神を愛する者たちに

約束されたいのちの冠を

受けるであろう。」

(ヤコブの手紙1:12)

 

練られた品性

忍耐は「錬達」を生みます。

練達を、新改訳聖書では

「練(ね)られた品性」

訳しています。

苦難を通して人格が整えられ、

霊的に成長することができ、

イエス・キリストに似た品性になり、

神様の祝福を多く受け、

神と人とに愛される者になるのです。

 

希望は失望に終わらない

苦難の中にあっても夢と希望を持ち、

目標に向かって走る

みなさんとなるように

心から願います。

「希望は失望に終ることはない。」

と聖書が約束しているのです。

 

逆境にあっても放棄せず、

夢に向かって前進すれば、

希望はかなえられます。

「主よ、夢をもって、ビジョンをもって

進むことができるよう導いてください!」

と祈りましょう。

祈って、目標に向かって

チャレンジしてください。

必ずかなえられると信じて

チャレンジし続けてください。

 

神は真実な方です。

信仰によってチャレンジする人の夢を、

必ずかなえてくださいます。

「さて、信仰は、

望んでいることを保証し、

目に見えないものを

確信させるものです。」

(ヘブル人への手紙11:1-2)

 

ヨブは身に降りかかった

大きな苦難に絶望することなく、

耐え忍び、練達された結果、

純金のような信仰者に

変えられました。

神はそのようなヨブの

祈りを聞かれて、

彼を以前の2倍

祝福されました。

「しかし、神は、

私の行く道を知っておられる。

神は私を調べられる。

私は金のように、出て来る。

主はヨブの繁栄をもとにかえし、

そして主は

ヨブのすべての財産を

二倍に増された。

主はヨブの終りを

初めよりも多く恵まれた。

彼は羊一万四千頭、

らくだ六千頭、牛一千くびき、

雌ろば一千頭をもった。

また彼は男の子七人、

女の子三人をもった。」

(ヨブ記23:10、42:10、12-13)

 

ある心理学者の言葉です。

「飛ぶ鳥は、

壁を突き破ることはできない。

しかし、静かな虫は、

壁を破ることができる。

走る馬は、

十里を超えることはできない。

しかし、一歩一歩あるく牛は、

千里を超え、

万里を超えることができる。

絶対にあきらめるな。」

夢と願いを持ってチャレンジし、

またチャレンジし、

またチャレンジすれば、

必ず主にあって

良いことが起きるのです。

みなさんが偉大な神様の

みわざを成し遂げられるように

心から祈ります。

 

最後に

苦難は神様がくださる

栄養だと思ってください。

苦難という食べ物は、

少し苦くて食べにくいけれど、

しっかり食べて忍耐し鍛錬すれば、

希望に向かって進めるようになり、

最終的には夢が成就する

ようになるのです。

良薬口に苦しと言われるように、

苦難という苦い薬はよく効くのです。

これを飲めば信仰が成熟し、

霊的にも健康になります。

ですから、苦難は悪いことだけを

もたらすと思わずに、

より良い祝福の未来へ向かって

進んでいくまでの過程であり、

神様の祝福の道具だと考えてください。

 

世に勝たれたイエス様が、

今あなたと共におられます。

イエス様の手をしっかり

握りしめて前進すれば、

すべての苦難に

打ち勝つことができます。

勝ち抜いて、信仰で勝利する

みなさんとなれるよう

主の名で祝福します。

「世にあっては苦難があります。

しかし、勇気を出しなさい。

わたしはすでに世に勝ちました。」

(ヨハネによる福音書16:33)

「世に勝つ者とはだれでしょう。

イエスを神の御子と

信じる者ではありませんか。」

(ヨハネの第1の手紙5:5)

 

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