「敵はあなたに屈するであろう」2024.1.21

 

今日の聖書箇所は、

モーセが、死ぬ前に

イスラエルの民に語った

祝福のことばです。

「しあわせなイスラエルよ。

だれがあなたのような

主に救われた民であろうか。

主はあなたを助ける盾、

あなたの勝利の剣。

敵はあなたに屈し、

あなたは彼らの

背を踏みつける。」

(申命記33:29)

 

そして、この御言葉は、

イエス・キリストを信じて

今を生きている私たちへの

神からの祝福の言葉でもあります。

 

1.肯定的な自画像を持つ

まずモーセは、

「しあわせなイスラエルよ。

だれがあなたのような

主に救われた民であろうか。」

と語っています。

イスラエルの民が、

なぜ幸せなのでしょうか。

それは神が彼らを

選ばれたからです。

 

多くの民族の中から

彼らが選ばれたのは、

「あなたがたが

どの国民よりも

数が多かったから」

ではなく、

「ただ主があなたがたを愛し」

たからだと申命記7:7-8に

記されています。

 

エジプトからイスラエルを救い出し、

イスラエルと共に歩まれた神様は、

イエスをキリストと信じて

今を生きる私たちと

共におられます。

弱く足りないところが多かった

イスラエルを愛した神様は、

同じ愛で私たちを

愛して下さるのです。

 

しかし、そのような神様に

愛されているのに、

否定的な自画像をもって

生きているなら、

それを脱ぎ捨てなければ

なりません。

そのためには、私たちは、

自分自身が何者であるかを、

知らなければなりません。

 

あなたは何者ですか?

私たちはイエスを信じて救いを受け、

神の子どもになった者です。

しかし、彼を受けいれた者、

すなわち、

その名を信じた人々には、

彼は神の子となる

力を与えたのである。

(ヨハネによる福音書1:12)

 

私たちはイエスの内にあって、

完全に新しい存在に

造りかえられた者です。

だれでもキリストにあるならば、

その人は新しく造られた者である。

古いものは過ぎ去った、見よ、

すべてが新しくなったのである。

(コリント人への第2の手紙5:17)

 

このような自分の姿、

肯定的な自画像を発見し、

それを見つめて

生きなければなりません。

 

2.盾と剣になられた神様

次にモーセは

「主はあなたを助ける盾、

あなたの勝利の剣。」

と語られました。

神様が私たちの盾となり

勝利の剣となられたという意味は、

神様は私たちを一生のあいだ、

守って下さるということです。

 

イスラエルのために盾となり、

勝利の剣となった神様は、

今を生きる私たちの盾となり、

剣となって、

勝利を得させてくださいます。

ゆえに、いかなる問題が

襲ってきても、恐れる理由が

私たちにはありません。

 

使徒パウロもまた、

信仰の大盾を取りなさい。

それによって、

悪い者が放つ火矢を、

みな消すことができます。

救いのかぶとをかぶり、

また御霊の与える剣である、

神のことばを受け取りなさい。

(エペソ人への手紙6:16-17)

と語りました。

 

私たちは信仰の盾と、

御言葉の剣によって、

この世の全ての問題に、

圧倒的に勝利することが

出来るのです。

 

3.神様が備えられた祝福

次にモーセは

「敵はあなたに屈し、

あなたは彼らの背を踏みつける。」

と語られました。

神様は私たちに、

偉大な勝利を備えておられます。

 

生きていれば、

私たちを攻撃する敵に出会い、

問題の敵に囲まれて、

悩み苦しむことが

たくさんあります。

その理由は、この世には、

サタンと呼ばれる悪魔が

存在するからです。

身を慎み、目をさましていなさい。

あなたがたの敵である悪魔が、

ほえたけるししのように、

食いつくすべきものを

求めて歩き回っている。

この悪魔にむかい、

信仰にかたく立って、

抵抗しなさい。

あなたがたの

よく知っているとおり、

全世界にいる

あなたがたの兄弟たちも、

同じような苦しみの数々に

会っているのである。

(ペテロの第1の手紙5:8)

 

敵である悪魔は、

地上と空中を動き回り

人々を支配しようとしているのです。

かつては、それらの罪の中に

あってこの世の流れに従い、

空中の権威を持つ支配者、

すなわち、不従順の子らの

中に今も働いている霊に

従って歩んでいました。

(エペソ人への手紙2:2)

 

しかし、多くの敵が、

私たちを攻撃して来ても、

神様を信じ頼れば勝利できます

無限の力と権勢を持つ神が

私たちの代わりに

戦って下さるからです。

「あなたがたは

恐れてはならない。

かたく立って、主がきょう、

あなたがたのためになされる

救を見なさい。(中略)

主があなたがたの

ために戦われるから、

あなたがたは黙していなさい」

(出エジプト記14:13-14)

 

悩みのない人生を夢見るなら、

それは幻にすぎません。

しかし、イエス・キリストは、

こう言われます。

「あなたがたは、

この世ではなやみがある。

しかし、勇気を出しなさい。

わたしはすでに世に勝っている」。

(ヨハネ16:33)

「世に勝つ者はだれか。

イエスを神の子と

信じる者ではないか。」

(ヨハネの第1の手紙5:5)

 

アメリカである実験が行われました。

大きなガラスのドームを作り、

その中を適度な温度で保ち、

水と空気がある、

すばらしい人工的な世界の中で、

生物を育てるというものでした。

 

実験を進めると、

とても速いスピードで、

生物たちは成長した

ということです。

ところが植物は、

早く成長したにもかかわらず、

ある日突然、

倒れてしまったのです。

全ての木が自らを支えることが

できなくなったのでした。

 

その理由は、ドームの中では

風が吹かなかったからでした。

木が丈夫に育つためには、

風が必要だったのです。

 

この実験における「風」は、

人間社会における「ストレス」と

よく似ています。

人生の中でストレスを全く受けることも、

それを押しのける経験もないとすれば、

人として成長していくことは難しいでしょう。

 

ですから最近は、

ストレスは回避するものではなく、

ストレスには立ち向かうべきであると、

考える専門家も増えているそうです。

 

時には、神様が、

ストレスを用いることもあります

もっと私たちが神様に

近づくようになるためであり、

イエス・キリストの品性に

似るものとなって、

人生に豊かな実を結ぶように

なるためです。

苦しみにあったことは、

わたしに良い事です。

これによってわたしは

あなたのおきてを

学ぶことができました。

(詩篇119:71)

 

最後に

私は、みなさんの前で

メッセージを語るために、

事前に必ず広辞苑を開いて、

その言葉がどんな意味を

持っているかを調べます。

自分が足りない者なので、

何十回も広辞苑を開いて、

言葉の意味を吟味するのです。

今回、「長寿」の意味を、

広辞苑で調べると、

100歳又は120歳」と

書いてありました。

 

聖書にも「わたしの霊は

ながく人の中にとどまらない。

彼は肉にすぎないのだ。

しかし、彼の年は

百二十年であろう」。

(創世記6:3)と書いてあります。

 

また、医学者にも、人間の体は

120歳まで生きるようにできている

と説を言う人がいるようです。

 

ですから80歳になった人は、

私はもうあと数年しか

生きられないと、

思ってはなりません。

80歳ならあと40年あります。

残り40年がつまらない人生で

いいわけがありません。

みなさん、120歳です。

信じますか?!

あと5年、10年しかない、

と思うのと、

あと40年もある、

と思うのとでは大違いですよ!

 

イエス・キリストを信じて、

神の子どもとして下さったので、

神は私たちに

「あなたは幸せだ」

と言われるのです。

肯定的な自画像を忘れずに、

主が私たちの盾となり、

剣になられたことを信じて、

日々勝利する皆さんとなるよう、

主の名によって祝福します。

 

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