「神様の愛、両親の愛」2022.9.18
子たる者よ。
主にあって両親に従いなさい。
これは正しいことである。
「あなたの父と母とを敬え」。
これが第一の戒めであって、
次の約束がそれについている、
「そうすれば、あなたは幸福になり、
地上でながく生きながらえるであろう」。
父たる者よ。子供をおこらせないで、
主の薫陶と訓戒とによって、
彼らを育てなさい。
(エペソ6:1-4)
家庭は神様が造られた愛の共同体です。
しかし、今日、多くの家庭が崩壊しています。
家庭崩壊の最大の被害者は子どもたちです。
子どもは心の中に消すことのできない傷をもって
一生を生きることになるのです。
ですからイエス様を信じる家庭は、
愛の中で一つにならなければなりません。
お互いをゆるし、和解し、
お互いの困難を分かち合い、
神様の栄光を表す家庭を
築かなければなりません。
神様への愛は家庭の回復につながり、
親子の関係が正しくなります。
ゆえに私たちが神様の愛を忘れず、
感謝し、その愛の中に留まるなら、
幸せな家庭になります。
今日私たちが存在するようになったのは、
親がいるからです。
明日の敬老の日を迎えて、
年を召した方々を心からいたわり
大切にしなければならないという
思いが私の心に与えられました。
なぜなら我々のルーツは家族にあり、
お父さんがいて、お母さんがいて、
おじいちゃん、おばあちゃんがいるので、
今日という日を迎えることができたし、
今、この世に存在しているのです。
ですから私たちは両親に感謝するだけでなく、
感謝のこころを表現するべきです。
さらに、私たちに両親を与えてくださった
神様に感謝し、神様を愛する人生を
送っていかなければなりません。
今日は、祝福された家庭を築くために必要な
霊的な教訓についてお話いたします。
1.神様の愛について
私たちが信じる神様は、愛の神様です。
わたしたちは、神がわたしたちに対して
持っておられる愛を知り、
かつ信じている。
神は愛である。
愛のうちにいる者は、神におり、
神も彼にいます。
(第1ヨハネ4:16)
神様は私たちが罪の中にいたとき、
私たちを救うために、
イエス様をこの世に送ってくださり、
十字架につけられ、
亡くなることを許されました。
神はそのひとり子を賜わったほどに、
この世を愛して下さった。
それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、
永遠の命を得るためである。
(ヨハネ3:16)
神様の愛は無条件の愛であり、
一方的な愛です。
私たちがまだ罪人であったとき、
愛されるほどの何の条件も資格も
備えていない時に愛してくださいました。
親の愛は、神様の愛と同じです。
親は子を無条件に、
その子がどんな子であっても、
子どもが何の条件、資格を備えていなくても、
我が子だから愛します。
いたわります。
それが親の愛であり、神様の愛です。
わたしたちが神を愛したのではなく、
神がわたしたちを愛して下さって、
わたしたちの罪のために
あがないの供え物として、
御子をおつかわしになった。
ここに愛がある。
(第1ヨハネ4:10)
この神様の愛は親の愛と同じです。
子が親を愛さなくても、
子が何か良いことをしなくても、
迷惑をかけ心配ばかりかけても、
親は我が子を愛します。
私たちが神を愛していなくても、
神は私たちを愛し、
私たちの罪のためになだめの供え物として
御子イエスをこの世に遣わしてくださいました。
これこそが愛であり、無条件の愛です。
このような返すことできない愛の借りをして
この世を生きていることを忘れてはなりません。
聖歌493番
わが友主エスは 我を見いだし
引き寄せたまいぬ 愛の糸もて
私たちがこのような愛を受けた、
愛の借りを持っている人たちであるので、
心を尽くし思いを尽くして
神様を愛するべきです。
2.両親の愛について
十戒の中で、
1番目から4番目の戒めは、
神様と人間との関係についての戒めです。
5番目から10番目の戒めは、
人と人の関係についての戒めです。
人間関係に関する一番目の戒めが、
親を敬いなさいという戒めです。
親を敬うことは、人間関係の中で、
一番重要であり基本的な道理なのです。
また親を愛することは、
イエス様が強調された隣人愛の出発点です。
『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。
(マタイ22:39)
したがって、神様を愛する人は、
今の自分がいるようにしてくれた親を、
熱く愛さなければなりません。
フランスの作家ビクトル・ユーゴーの小説の中に、
一人の母の話が登場します。
ある部隊が移動中、疲れ果てた一人の母と、
3人の子どもを見かけました。
部隊の将校は哀れに思い、
パンをひとつ母親に渡しました。
彼女はお礼を言って受け取り、
三等分して3人の子どもに渡すと、
子どもたちは夢中で食べました。
ひとりの若い兵士がこう言います。
「あの女性はお腹がすいていないみたいですね。」
すると将校はほほ笑みながらこう答えました。
「そうではない。彼女が母であるからだ」
東京のある大きな団地では、
2週間に1回葬儀が行われているそうですが、
そのほとんどが孤独死なのだそうです。
それが日本の社会の現状です。
京都府に100歳以上の人が
何人いるか知っていますか?
なんと3000人以上おられるそうです。
みなさん、そのような時代に、
私たちは生きています。
物質的には豊かになったけれど、
なぜ一生懸命働いてきた方々が、
人生の末路を一人ぼっちで
生きなければならないのでしょうか。
神様は親に無関心であることを喜ばれません。
当教会におられたKさんのことを思い出します。
彼女は入院先で長く生活されました。
私は、できるだけ会いに行きました。
彼女は涙を流しながら、さびしいです、
三人子どもがいるけれど、一度もきません。
面会に来るように言ってください。
こう言っておられました。
私は「来てほしいと言わないのですか。」
と聞くと、「そんなこといえません。」と。
子どもたちには、大丈夫、元気だよと
言っていたそうです。
親がどんなに大丈夫だと言っても、
顔を出しましょう。
親を敬うことは、いかなる場合でも、
廃止したり無視してはならなない
神様の大切な戒めです。
ダビデはサウル王からの逃亡生活の中で
命の危険がありながらも両親をたずねました。
イエス様も十字架につけられる場所で、
苦しみの中で母マリアを頼まれました。
イエス様の姿を記憶して、
私たちも親を大切にし愛すべきです。
また、年配の方をもっと大事にすべきです。
アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは、
幼くして父親を亡くし、
母を支えながら一緒に暮らしていました。
彼の夢は軍人になることでしたが、
母のそばを離れず、
16歳のとき測量士になりました。
そんなある日、見習い士官になれる
絶好の機会が訪れました。
国を離れる別れの挨拶をするとき、
涙を流して悲しんでいる母を見て、
母の心を痛めてまで遠くに行けないと、
彼は行くのをとりやめました。
母は困ったような顔で、
しかし、誇らしい思いでこう言ったそうです。
「ジョージ、神様は親を敬う子どもを
祝福されると約束されました。
私はあなたがどこにいても
神様があなたを祝福されると信じていますよ。」
その後、ワシントンは独立戦争に
総司令官として参加し、
大きな功績を上げ、
初代大統領になりました。
両親にきちんと仕える人を、
神様は祝福してくださいます。
父母を敬い、両親を大切にしていけば、
長寿の祝福があると聖書に書いてあります。
「あなたの父と母とを敬え」。
これが第一の戒めであって、
次の約束がそれについている、
「そうすれば、あなたは幸福になり、
地上でながく生きながらえるであろう」。
(エペソ6:2-3)
幸福と長寿をいただく道は、
両親に従い両親を敬うことです。
私たちは絶対に母の心を傷つけてはなりません。
父に寂しい思いをさせてはなりません。
つらく苦しい時でも親を敬う人の家庭には
神様の祝福があります。
親の愛に感謝し、親をいたわり、
親の心を尊重するべきです。
親として大切なことは、
子どものために祈ることです。
休むことなく、いつも祈ってください。
父たる者よ。
子供をおこらせないで、
主の薫陶と訓戒とによって、
彼らを育てなさい。
(エペソ6:4)
私にはアメリカに住む弟がいます。
大企業の重役をしており、
裕福な生活をしています。
父親が早く亡くなって、
母は貧しい中で働きながら、
いつも弟のために祈っていました。
弟は「私に教会に行けと言わないで!」
と、よく母に反発していました。
母は、毎日涙を流して祈りました。
やがて母は時が来て天に召されました。
母親が亡くなり弟は好きなように生き、
うるさく教会に行けと言われずに
解放されたような顔をしていました。
ところがある日、弟の奥さんが、
数千万円を勝手に持ち出し、
使い果たしてしまったのです。
いろんなことがあって二人は離婚しました。
離婚して、彼は好きなように生きたけれど、
ある日、空港で心臓発作を起こして倒れ、
生死をさまよいました。
その後病気だけでなくいろんな問題が起きて、
名誉と地位とお金を一瞬にして失いかけ、
彼は泣きながら言いました。
「兄さん、私のために祈ってくれる母がいなくなり、
私はいまこのようなみじめな思いをしています。
突然このような苦しみに陥るとは、
思っていませんでした。
お母さんが本当に私のために
祈っていたことを思い出します。」
そして、彼は悔い改めました。
離婚から8年たって、
ありえないことが起きました。
二人が再婚したのです。
なんと結婚式まであげて、
二人は毎週、教会通っています。
母の祈りが、また、
弟のために兄弟みんなで祈った
祈りが天に届いたのです。
8年かかって神様は私たちの
祈りにこたえてくださいました。
子どものことで心配していますか。
神様は必ずこたえてくださいます。
子どものために祈る手を休めないでくださいと、
心からお願い申し上げます。