「ヤコブの誓願」2022.5.8

 

住みなれた家を離れ、

遠い叔父の家に向かう途中、

荒野で石を枕にして眠ったヤコブ。

神様は彼の夢の中にあらわれ、

語りかけました。

「わたしはあなたの父アブラハムの神、

イサクの神、主である。

わたしはあなたが横たわっているこの地を、

あなたとあなたの子孫とに与える。

 

あなたの子孫は地のちりのように多くなり、

あなたは、西、東、北、南へと広がり、

地上のすべての民族は、

あなたとあなたの子孫によって祝福される。

 

見よ。わたしはあなたとともにあり、

あなたがどこへ行っても、あなたを守り、

あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、

あなたに約束したことを成し遂げるまで、

決してあなたを捨てない。」

(創世記28:13-15)

 

夢から覚めたヤコブは、

神に誓願の祈りを捧げました。

それからヤコブは誓願を立てて言った。

「神が私とともにおられ、

私が行くこの旅路で私を守ってくださり、

私に食べるパンと着る着物を賜わり、

私が無事に父の家に帰ることができ、

主が私の神となってくださるので、

私が石の柱として立てた

この石は神の家となり、

すべてあなたが私に賜わる物の

十分の一を私は必ずあなたにささげます。」

(創世記28:20-22)

 

このヤコブの祈りの中には、

三つの大切な教えが込められています。

 

1.御言葉を成就される神様

この祈りは、約束を成就される

神様への感謝の告白であり、

一生の間、神様のために歩むという

ヤコブの信仰の決断です。

ヤコブは、主が必ず守って下さると信じ、

ただ主だけに仕えますと告白したのです。

私たちもこのような信仰、すなわち、

神第一主義で生きるべきです。

 

ヤコブは神様からの約束を、

すでに成就されたように信じました。

人は言った言葉をひるがえしますが、

神様の御言葉は永遠に変わることなく、

完全に成就されます。

よく言っておく。天地が滅び行くまでは、

律法の一点、一画もすたることはなく、

ことごとく全うされるのである。

(マタイ5:18)

 

ヤコブが受けた約束の御言葉は、

彼の祖父アブラハムが受けた約束でもあります。

わたしはあなたを大いなる国民とし、

あなたを祝福し、

あなたの名を大きくしよう。

あなたは祝福の基となるであろう。

あなたを祝福する者をわたしは祝福し、

あなたをのろう者をわたしはのろう。

地のすべてのやからは、

あなたによって祝福される」。

(創世記12:2-3)

神様はアブラハムに約束されたことを、

その孫であるヤコブにも与えてくださったのです。

 

そして、この約束どおりに、

ヤコブは大いなる祝福を受けました。

神様は約束を成就するために、

ヤコブが意識していないときでさえ、

常にヤコブと共におられたのです。

 

イエス・キリストを信じる私たちも、

このヤコブの祝福を受けています。

私たちはすでに祝福の基となったのです。

私たちを通して家庭が祝福され、

子どもたち、孫たち、そしてあなたの隣人が

祝福を受けるのです。

 

わたしは、あなたに約束したことを

成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。

このように約束される神様を、

皆さんの心の王座に迎えてください。

ヤコブのように約束をかたく信じ、

信仰によって前進し、また前進する

皆さんと私になれますように。

 

2.神様の家を建てる信仰

ヤコブは自分が寝ていたところが

神の家であることに気づきました。

彼は恐れおののいて、また言った。

「この場所は、

なんとおそれおおいことだろう。

こここそ神の家にほかならない。

ここは天の門だ。」

(創世記28:17)

教会は地上における神の家です。

神様は教会を通して、

驚くべき恵みを注がれます。

教会は救いの方舟であり、

祝福の通路なのです。

 

ゆえに、みなさんが礼拝に出席するとき、

また、奉仕のために教会に来るとき、

教会に花を生けに来るとき、

教会に入ったり出たりする

全てのところが祝福の通路となります。

特に、奉仕をするとき、

神様は健康を祝福されます。

 

よって、熱心に礼拝を捧げる人は、

神の大きな祝福を受けます。

ただ教会に来て席に座っているのではなく、

神様に熱い心で礼拝を捧げる時、

大きな祝福を受けるのです。

 

教会を愛し、

あつい信仰を持って礼拝を捧げましょう。

教会中心の信仰、

礼拝中心の信仰で歩む人たちに、

神様は祝福を増し加えてくださるでしょう。

 

決して礼拝をおろそかにしないでください。

燃える焚き火から一本だけ木を取り出すと、

その火はすぐに消えてしまいます。

キリストの体である教会につながっていれば、

必ず神様が守ってくださいます。

教会はキリストの体であり、

すべてにおいてすべてを満たしている方の

満ちておられる場です。(エペソ1:23)

彼はわたしを愛して離れないゆえに、

わたしは彼を助けよう。

彼はわが名を知るゆえに、

わたしは彼を守る。(詩篇)

 

3.物質に対する正しい姿勢

ヤコブは、すべてあなたが私に賜わる

物の十分の一を私は必ずあなたに

ささげますと、感謝をもって、

10分の1献金の信仰告白をしました。

献金は、感謝の信仰告白です。

 

あの大富豪、ロックフェラーは、

幼いころ貧しい家で育ちました。

彼の母は信仰熱心な方でした。

ロックフェラーが6歳の時、

母から小遣い20セントもらいました。

その時、母から、

「その中から10分の1の

2セントを献金しなさい。

それは神様のものだから」

と言われ、彼は20セントを封筒に入れて

教会に献金しました。

その時から彼は生涯、収入の10分の1を

神様のために捧げ続けました。

 

100円の中から10円を献金するのは、

それほど難しいことではありません。

しかし、100万円の中から10万円を

献金するとなるとどうでしょうか。

少し悩むかもしれませんね。

ロックフェラーはどんなに収入が増えても、

必ず10分の1を捧げました。

 

神様は、ロックフェラーが40歳になった時、

アメリカ一の富豪にされました。

50歳で世界最大の財閥にされました。

彼は、アメリカ全土に、

2000を超える図書館を建て、

名門大学であるシカゴ大学の設立基金を

全て寄付しました。

そして臨終の時、神様の栄光のためにと

全財産を社会に還元しました。

彼が生涯で寄付した総額は、

日本の国家予算の8倍に相当するそうです。

 

物質的な神様の恵みに対し、

正しい姿勢を保てば、

天の扉が開かれ祝福が注がれます。

物質は神様からの恵みであり、

神様が全ての物質を与えてくださったので、

私たちは神様の所有を認め、感謝して、

神様に10分の1を捧げるべきです。

 

そうすれば、神様はあふるる恵みを

注いでくださいます。

わたしの宮に食物のあるように、

十分の一全部を

わたしの倉に携えてきなさい。

これをもってわたしを試み、

わたしが天の窓を開いて、

あふるる恵みを、

あなたがたに注ぐか否かを見なさいと、

万軍の主は言われる。(マラキ3:10)

 

先週、左の目に何か入っているようで

何回洗っても取れず、

とうとう字が見えなくなりました。

メガネのせいかなと思って、

メガネをはずしても見えません。

これは大変だ、

聖書が読めないと務めできなくなる。

思い悩む日が十日ほど続きましたが、

その打たれた傷によって、

われわれはいやされたのだ。

(イザヤ53:5)

との御言葉が心に与えられ、

目に手を置き、信じて祈りました。

 

神様、目に石のようなものが入っています、

字が読めなくなっては困ります、

神様のために、

神様の栄光のために癒してください。

 

こう祈って手を離すと、

見えるようになっていました。

目の中のゴリゴリしたものも、

消えてなくなっていました。

神様は癒し主です。

けれども「有り得ない」と思う人には、

いやしの恵みは注がれません。

神様の奇跡は信じる者に起きます。

神様は、神様の約束を固く信じる者に

祝福を与えてくださいます。

 

神は人の心をつくり、

探り知ることのできる方です。

人は一人では生きられません。

子に支えられ、

時には隣人に支えられますが、

その心を誰が動かしますか。

神様が動かします。

 

御言葉の約束の成就が、

みなさんだけでなく、みなさんの子に、

孫に、世々限りなく続くことを信じます。

 

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