「聖霊の時代」2021.7.4
2000年前、イエス様が昇天された後、弟子たちが集まって祈っていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて(使徒行伝2:1)、そこにいた一同は聖霊に満たされ(使徒行伝2:4)ました。
そして、聖霊が語らせるままに、彼らはいろいろの他国の言葉で語り出し(使徒行伝2:4)ました。
これはすなわち「終わりの日にすべての人に霊を注ぐ」という、ヨエルの預言が成就したのです。
神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。
そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。
その時には、わたしの男女の僕たちにもわたしの霊を注ごう。
そして彼らも預言をするであろう。(使徒行伝2:17-18)
この出来事は、新しい時代、聖霊の時代の始まりを示す、非常に大きな出来事でありました。
1.わたしの霊をすべての人に注ごう
旧約の時代は、神様が特別に選んだ人だけに聖霊が注がれ、神様の使命を果たすようにされました。
しかし、イエス様の昇天後は、イエス様を信じる全てに人に聖霊が注がれます。
そして主から委ねられた尊い使命を果たすことができるようにしてくださるのです。
聖霊を受ける前の弟子たちは、臆病で力のないものたちでした。
しかし、聖霊を受けるや彼らは変えられました。
力を受けて大胆に主の福音を世界にのべ伝えました。
ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう。(使徒行伝1:8)
今日おいても、聖霊の満たしを受ければ、力を得て福音の証人として尊い人生を歩むことができます。
イエス様を信じても、心配や思いわずらいがあるのは、聖霊に満たされてないからです。
聖霊に満たされない人は、世のことに心を奪われ、心配し思いわずらうのです。
聖霊に満たされれば、心配やストレスは消え、主の喜びが泉のように湧き出てきます。
酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、詩とさんびと霊の歌とをもって語り合い、主にむかって心からさんびの歌をうたいなさい。(エペソ人への手紙5:18-19)
神様は聖霊に満たされた者とともに働かれ、偉大な御業をなされます。
ダビデもサムソンも、聖霊に満たされたとき、偉大な御業を成し遂げることができました。
だから常に祈って聖霊充満を願うべきです。
私たちに力はありません。しかし、聖霊は力の霊であります。
私たちは必ず聖霊の満たしを受け、助けを受けるべきです。
2.あなたがたのむすこ娘は預言をする
どのようにすれば預言の御言葉を受け取ることができるでしょうか。
それは、聖書を読み、黙想することです。
そうすれば、聖書の御言葉にとらえられ、神様が私たちの人生が変化する御言葉を与えてくださり、祝福された未来へ導いてくださるのです。
聖霊にとらえられれば、私たちは御言葉の人になります。
つまり、聖霊の満たしは御言葉の満たしであり、御言葉の満たしは聖霊の満たしなのです。
問題にぶつかり苦しむとき、神様の御前で約束の御言葉を何一つ思い出せないなら、あなたは聖霊の満たしを受けなければなりません。
聖霊の満たしがあれば、必ず、逃れの道を用意しておられる神さまの約束の御言葉が与えられます。
聖霊なしには御言葉の御業はありえず、御言葉なしには聖霊の御業はありえないのです。
ゆえに、たえず御言葉を近くし、御言葉を握りしめて、御言葉どおりに生きるべきです。
そのようにするとき、神様の御言葉が私たちと子どもたちを、祝福の人生へ、勝利の人生へと導いてくださいます。
3.若者たちは幻を見る
聖霊を受けて信仰が成熟すれば、きよい幻、つまり人生のビジョンを持つようになります。
聖霊に満たされれば、弱い自分、過去の失敗した自分、過去の傷を見るのではなく、主に祝福され、用いられる未来の自分を見られるようになります。
今いかなる境遇にあっても落胆せず、絶望せず、信仰を持って明日に向かってビジョンを持って進んでいってください。
主の内にあるビジョンは、必ず成就します。
時には空に向かって叫ぶように感じるかもしれません。しかし、主はあなたの祈りを聞いておられます。
ビジョンを持って祈ることにより、人生が美しく変化し、素晴らしい恵みを経験することができます。
4.老人たちは夢を見る
神様が与えてくださる夢に、年齢制限はありません。
ですから、息が絶えるその日まで、私たちは夢を見なければなりません。
夢は、自分の欲のためでなく、神様の栄光のためのきよい夢を見ることを心からお願いします。
その夢が成就するよう祈って、祈って、また祈ってください。
90歳になっても100歳になっても、夢は見ることができます。
アブラハムは75歳で召しを受けました。モーセは80歳で召しを受け、ヤコブは130歳で息子に招待されてエジプトに行きました。
ですから、特に年配の方々が、主にあってきよい夢を持つようになられますように、心から願います。
神様は必ずその夢を成就してくださいます。夢が成就するまで、たゆまず祈られますように。
人は年をとるから大人になるのではなく、きよい夢を見てこそ本当に尊敬される大人になれるのです。
世間では、年とともに人は子どもになるといいますが、それはきよい夢がないから小さい子どものようになるのです。
みなさん、夢を持ってください。わたしたちは生きている限り、夢の人、夢を成就する人、夢を伝える人にならなければなりません。
子どもや孫のために聖なる嗣業としての夢、親が子に残すことのできる夢、家族のための夢、教会のリバイバルのための夢を見て、みなさんが進み行かれますように心からお願いします。
先日、Nさんからメールが来ました。本当に嬉しかった。
彼女も80歳くらいになりますが、病に倒れて4ヶ月、愛する家族のもとに帰れずにいます。
愛する家族の顔を見たい、何より教会に行き礼拝をささげたいとの思いで、リハビリに励んでおられます。
元気になる夢、神様にお会いする夢、愛する家族に会う夢があるかぎり、神様は必ずその夢をかなえてくださいます。
この時間、全ての麻痺がなくなりますように、主イエスの名によって宣言します。
主が、彼女を飛び跳ねるように走れるようにしてくださること、長寿の恵みを持って神様が共に歩んでくださることを確信しています。
信仰とは、私たちの望みに対する保証なのです。
信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。(ヘブル人への手紙11:1)
歩けるようになる、元気で過ごせるようになる、自分はまだまだ85歳ですと語ったヨシュアに与えられた祝福が、夢とビジョンを持って祈っているみなさんの上に等しく与えられることを主の名で祝福します。
主がこの言葉をモーセに語られた時からこのかた、イスラエルが荒野に歩んだ四十五年の間、主は言われたように、わたしを生きながらえさせてくださいました。わたしは今日すでに八十五歳ですが、今もなお、モーセがわたしをつかわした日のように、健やかです。わたしの今の力は、あの時の力に劣らず、どんな働きにも、戦いにも堪えることができます。それで主があの日語られたこの山地を、どうか今、わたしにください。(ヨシュア14:10-12)
今、目の前に苦難があるとしても、信仰持って祈り、進み行けば、神様の恵みが受けられるようになります。
年齢とは関係なく、夢を見て進み行くときに、奇跡はみなさんのものになります。