「日々、私たちの重荷を担われる主」2021.6.20
1.重荷を担って生きる人生について
生きていれば、仕事、病気、人間関係などによってストレスを受けない日はありません。
この地上で肉体を着ている以上、すべての人が重荷を担わなければならないのです。
聖書はこのような人生の苦難は、罪の結果の呪いであると語っています。
罪という言葉は、人を傷つけたり物を盗んだりすることだけではありません。
もともとの原語の意味は、矢を的に向かって射ったときに、その的をはずすことが罪のもともとの意味なのです。
神様が創造された世界は完全に平和でした。人間は神様の御言葉どおりに生きれば喜びと平和に満ちた人生を生きられたのです。
しかし、アダムとエバが罪をおかしたことによって地から平和が失われ、貧しさと死が呪いとなって根を下ろすようになりました。
人類は長い歴史の中で、この呪いから抜け出すためにもがいてきました。しかし、それはできませんでした。
使徒パウロはこのような人間の弱さとおろかさを悟り、こう嘆いています。
わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。(ローマ人への手紙7:24)
このように人間は罪と死の重荷から逃れることはできません。
しかし、神はそれを解決するためにイエス・キリストを地上につかわされました。
イエス様だけが人生の全ての問題を解決することができる唯一の方です。
神様は絶望の中で生きる人生から人類を救うためにイエス様を十字架につけられたのです。
イエス様はこう語りかけておられます。
すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。(マタイによる福音書11:28)
2.日々私たちの重荷を担われる主
いつもにこにこして見た目には何一つ苦労していないように見える人であっても、実は人に言えない傷や痛みを背負って生きているものです。
しかし、誰もその人の代わりにその重荷を担うことはできません。
いくら代わってあげたいと望んでも、家族でさえその痛みの身代わりになることはできません。
しかし、主の御前に出て重荷をおろせば、主が代わりに担ってくださり、罪と死の力から抜け出す新しい力が与えられます。
日々にわれらの荷を負われる主はほむべきかな。神はわれらの救である。
われらの神は救の神である。死からのがれ得るのは主なる神による。(詩篇68:19-20)
この御言葉を主との約束として握りしめて祈り、日々主の助けを求めてください。
「主よ、助けてください、今の私の重荷はあまりに重いのです」と、人に言えない苦しみを注ぎ出して祈るとき、主は重荷を担い、問題を解決してくださいます。
主は生涯あなたを見捨てることはありません。歩く力さえなくして横たわるあなたを抱きかかえ、息がたえるその瞬間まで責任を持ってくださいます。
信仰とは何でしょうか。それは重荷を主にゆだねきることです。
一人で苦しみを背負い、誰にも打ち明けられないまま暗闇をさまよっている人は、その心を主に打ち明けてください。
神よ、わたしの祈をきき、わが口の言葉に耳を傾けてください。(詩篇54:2)
信仰で主の前に進み出て、心の中にあるものを打ち明け、涙をもって訴えれば、たとえ死の陰の谷を歩むとも、主はあなたを守ってくださいます。
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。(詩篇23:4)
3.敵を滅ぼされる主
SNSが発達し便利になる一方で、SNSを使って人を誹謗中傷するといった問題が社会に広まっています。
私たちも、いつ、そのような被害に巻き込まれてもおかしくありません。
聖書は、そういう悪い人を相手にして、自分で復讐してはいけませんと教えています。
だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい。あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。
愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。
むしろ、「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである」。
悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。(ローマ人への手紙12:17-21)
敵に囲まれたときは直接争わず、主を信頼して重荷をおろして祈るのです。
そうすれば主が責任を持って裁いてくださり、勝利へと導いてくださいます。
神はその敵のこうべを打ち砕き、おのがとがの中に歩む者の毛深い頭のいただきを打ち砕かれる。(詩篇68:21)
今、人生がつらく、耐え難い重荷を負っている人は、主を見上げて主を信頼して主に重荷をゆだねて、前進また前進してください。
そうすれば、昨日よりも今日が、今日よりも明日がもっと良くなります。
神様は、あなたが神様の愛を知り、あなたが勝利することを願っておられるのです。
それを日々忘れないで過ごす、みなさんと私になれますように、主イエス様の御名でお祈りいたします。