「死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」2021.4.4
今日はイースター礼拝です。
この朝、私たちはすべての人類が喜ぶべき
主の復活を記念するために集いました。
今日は、復活の霊的な意味について
考えたいと思います。
1.死の力に勝ち勝利せよ
この世を生きていく間に死の力に勝ち、
勝利の人生を歩みなさいと、
主の復活は私たちに語っています。
アダムとエバが罪を犯したことにより、
全人類が罪と死の支配を受けるようになり、
誰もが例外なく死に対する恐れを抱えた
絶望的な人生を生きています。
7:24 わたしは、なんというみじめな人間
なのだろう。だれが、この死のからだから、
わたしを救ってくれるだろうか。
(ローマ人への手紙)
しかし、イエス・キリストは、
罪と死の力に打ち勝ち復活されました。
15:20 しかし事実、
キリストは眠っている者の初穂として、
死人の中からよみがえったのである。
(コリント人への第1の手紙)
イエス様は私たちの罪過のために死に渡され、
私たちが義とされるために復活されたのです。
誰でもイエス様を信じさえすれば、
罪と死の支配から解放され、
死の力を恐れる必要がなくなります。
ですから、今、私たちは死に向かって、
次のように大胆に宣言することができます
15:55 「死は勝利にのまれてしまった。
死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」
(コリント人への第1の手紙)
復活されたイエス様は、今、私たちと共におられ、
日々勝利の人生を生きていくことができるように
守ってくださいます。
私たちは復活のイエス様の内にあって、
新しくされたのです。
5:17 だれでもキリストにあるならば、
その人は新しく造られた者である。
古いものは過ぎ去った、見よ、
すべてが新しくなったのである。
(コリント人への第2の手紙)
私たちは、もうこれ以上、
死と罪の奴隷として生きることをせず、
過去の傷にとらわれず、過去の失敗にも
とらわれることなく、全てを払い落とし、
イエス様を信頼することによって、
勝利の人生を生きることを、
主にあって決心しなければなりません。
2.堅く立ちなさい
使徒パウロは、私たちに、
「堅く立って動かされ」ることがないように
と勧めています。
(コリント人への第1の手紙15:58)
私たちクリスチャンが「堅く立つ」ためには、
信仰の基礎がしっかりしていなければなりません。
キリスト教の信仰の基礎とは、まさに、
イエス・キリストの十字架と復活です。
十字架と復活の信仰に堅く立てば、
いかなる艱難や誘惑にあっても、
よみがえりのイエス様を見上げて、
前進、また前進、また前進することが
できるのであります。
ヘブル人への手紙11章に出てくる人達は、
この世が与える苦難と苦しみにもかかわらず、
信仰に堅く立って決して動かされませんでした
神様は、いつも彼らと共におられたし、
彼らを通して栄光をお受けになりました。
11:7 信仰によって、ノアはまだ見ていない
事がらについて御告げを受け、恐れかし
こみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、
その信仰によって世の罪をさばき、そして、
信仰による義を受け継ぐ者となった。
11:8 信仰によって、アブラハムは、受け継ぐ
べき地に出て行けとの召しをこうむった時、
それに従い、行く先を知らないで出て行った。
11:11 信仰によって、サラもまた、年老いて
いたが、種を宿す力を与えられた。約束を
なさったかたは真実であると、信じていた
からである。
11:17 信仰によって、アブラハムは、試錬を
受けたとき、イサクをささげた。すなわち、
約束を受けていた彼が、そのひとり子を
ささげたのである。
11:21 信仰によって、ヤコブは死のまぎわに、
ヨセフの子らをひとりびとり祝福し、そして
そのつえのかしらによりかかって礼拝した。
11:22 信仰によって、ヨセフはその臨終に、
イスラエルの子らの出て行くことを思い、
自分の骨のことについてさしずした。
11:23 信仰によって、モーセの生れたとき、
両親は、三か月のあいだ彼を隠した。それは、
彼らが子供のうるわしいのを見たからである。
彼らはまた、王の命令をも恐れなかった。
11:29 信仰によって、人々は紅海をかわいた
土地をとおるように渡ったが、同じことを企てた
エジプト人はおぼれ死んだ。
11:30 信仰によって、エリコの城壁は、七日に
わたってまわったために、くずれおちた。
11:31 信仰によって、遊女ラハブは、探りにきた
者たちをおだやかに迎えたので、不従順な
者どもと一緒に滅びることはなかった。
11:32 このほか、何を言おうか。もしギデオン、
バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル
及び預言者たちについて語り出すなら、
時間が足りないであろう。
12:1 こういうわけで、わたしたちは、このような
多くの証人に雲のように囲まれているので
あるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とを
かなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき
競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。
12:2 信仰の導き手であり、またその完成者
であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。
彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、
恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の
右に座するに至ったのである。
(ヘブル人への手紙)
十字架と復活の信仰で武装し、
絶対肯定と絶対感謝の人生を生きるなら、
いかなる試練や問題が近づいてきても、
勝ち得て余りのある信仰者になることができます。
主は、そのような人々とともに共に歩み、
素晴らしい恵みと祝福を享受させてくださるでしょう。
3.主のわざに励みなさい
イエス様を信じて、よみがえりの命を得て、
信仰に堅く立っている私たちは、
いつも主のわざに励み、残された人生を、
神様の栄光のために生きなければなりません。
15:58 だから、愛する兄弟たちよ。
堅く立って動かされず、
いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。
主にあっては、あなたがたの労苦が
むだになることはないと、
あなたがたは知っているからである。
(コリント人への第1の手紙)
ビジネスパーソンは職場で、
主婦は家庭で、学生は学校で、
それぞれ自分に与えられた使命を、
最善を尽くして行い神様の栄光をあらわす、
そのような人生を生きるべきであります。
これがクリスチャンの本分なのです。
それを成し遂げるためには、御言葉に従順し、
祈り、感謝と賛美をもって礼拝をささげることに
努めなければなりません。
そうすれば、熱心に福音のわざに励みながら、
主は、私たちの信仰を成長させてくださり、
日々新たな力を供給して下さり、
世の人々が経験することのできない天の喜びと
慰めと平安で、人生を満たしてくださいます。
愛する皆さん、主が私たちのすべての労苦と
献身を見守っておられ、私を強くしてくださり、
天の大いなる恵みで報いてくださいます。
だから、いかなる環境の中でも後ろに退いては
なりません。それぞれに置かれた場所で、
全力で主のわざに励みながら、主の栄光を
あらわすために生きる私たちとなれますように
と心から祈り、主の御名によって祝福します。