「万事が栄える人生」 2019.9.8
栄えの根源は、神様にあります。
ダビデは、旧約聖書の時代において、もっとも栄えた人物です。
それはダビデが、神を人生の中心に迎えいれ、神を自分の牧者として生きたからです。
主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。
主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
(詩篇23:1-3)
牧者は、朝早くから羊をつれて草が青く茂った牧草地に連れて行き、腹一杯たベさせ、水をのませ、悪い獣から守ります。
これと同じように、神は羊である聖徒を真心から愛し、恵みの牧草地を備えて養ってくださり、守ってくださいます。
ですから私たちは、すべての人生の現場を神にゆだね、牧者である神に従うべきです。
神を牧者として迎えれば、みなさんの職場や家庭などの人生の現場が、緑いっぱい生き生きとした実を豊かに結ぶ、喜びに満ちた、安息を得られる場となります。
盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかならない。
わたしがきたのは、羊に命を得させ、豊かに得させるためである。(ヨハネ10:10)
神が共におられるところは、どんなところでもそこは緑の牧場となります。
私たちには、心休まる水場が必要です。
それがないと、魂が渇き、幸せを感じなくなり、すべてに疲れ果ててしまうでしょう。
多くの人々が、渇きを解決するためにもがき、何かに頼ろうとします。
しかし、酒も、麻薬も、渇きを解消するより、むしろ更なる渇きをうみだし、やがて恐ろしい毒となって人生を破戒し、死に至らせます。
魂の渇きを真に解決する方法はひとつしかありません。
イエスは立って、叫んで言われた、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。
わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」。
(ヨハネ7:37-38)
この水を飲めば、人生の意味を悟るようになり、人生の価値を発見し、喜びと感謝の中で生きられるようになり、誰も奪うことのできない平安と安息を得ます。
主が共に人生を歩んでくださるので、魂の渇きは完全に解消します。
すべての人は、罪によって魂が神と断絶され、神と敵対し、神から離れ、死の力に支配されているので、そのままでは永遠の死を待つのみです。
ところが、神は、そのような人間を救うために、イエスを世につかわし、イエスに罪を背負わせ、十字架の上で死ぬようにされた。
イエスの尊い犠牲、流された血潮の恵みによって、罪の壁を取り除いてくださったのです。
いまやイエスを信じるなら、罪ゆるされ、魂がよみがえり、それだけでなく魂が強くされ、豊かな生命を得るようになりました。
信仰によって霊と魂がよみがえり、神と交わることができるのはいかにおおきな恵みでしょうか。
この恵みを受けた人は、いかなる艱難の中でも希望を失いません。
羊は牧者に絶対的に従順します。
神を牧者として従っていくなら、罪ののろいは取り除かれ、勝利と豊かさの根源である神が、すべてのことで栄えさせてくださるのです。
牧者である神は、いかなる艱難の中でも、私たちを慰めてくださるので、私たちもいただいた慰めによって艱難にいる人を慰めることができます。
慰めは自分のためだけでなく、自分のまわりの慰めがないと生きていけない人のためにも注がれているのです。
神に慰められたのだから、いただいた慰めをもって人々を慰めることができるようにしてくださいと祈りましょう。
それに気づいたとき、私たちは誰にも奪われることのない平安と喜びに満たされます。
神は、万物の創造主であらせられます。
その神が、我が牧者となられるなら、群の羊は栄えるほかないのです。