「士師オテニエル 〜神は力である〜」 2019.7.28

 

イスラエルの民が、

エジプトを脱出してカナンに入るまでの間、

彼らは、荒野において、

様々な苦しみの中で、

神の導きに従って進みました。

神を頼るしかなかったのです。

しかし、カナンに入り、豊かになると、

彼らは神を忘れました。

豊かになったのだから、

もっと神に感謝すればよいのに、

人間は不思議とそうしないのです。

問題があって苦しいときには祈るけれども、

心配がなくなると、悪いことを考えたり、

罪を犯すようになるのです。

こうしてイスラエルの人々は主の前に悪を行い、

自分たちの神、主を忘れて、

バアルおよびアシラに仕えた。

(士師記3:7)

 

自分自身を振り返ると、

貧しいときが幸せだったと思い出します。

私は、大学の授業を終えると、

妻と子どもを養うために、

夜中の2時まで働きました。

休日も工場で働きました。

給料日に家族でaaの餃子を食べに行きました。

本当においしかった。本当にうれしかった。

人間が幸せになれるのは、

少し不足しているときではないかと思います。

不足して問題があるとき、神に近づくことができる。

その恵みを忘れないようにしてください。

天よ、聞け、地よ、耳を傾けよ、

主が次のように語られたから、

「わたしは子を養い育てた、

しかし彼らはわたしにそむいた。

牛はその飼主を知り、

ろばはその主人のまぐさおけを知る。

しかしイスラエルは知らず、

わが民は悟らない」。

ああ、罪深い国びと、不義を負う民、

悪をなす者のすえ、堕落せる子らよ。

彼らは主を捨て、

イスラエルの聖者をあなどり、

これをうとんじ遠ざかった。

(イザヤ1:2-4)

イスラエルの民が、神から離れ、

バアルとアシラに仕えると、

神は、民を敵の手にわたし、

8年間苦しみを受けることになりました。

神から離れると、よいことは何一つありません。

そこで主はイスラエルに対して激しく怒り、

彼らをメソポタミヤの王クシャン・リシャタイムの

手に売りわたされたので、

イスラエルの人々は八年の間、

クシャン・リシャタイムに仕えた。

(士師記3:8)

 

苦しみの中で、イスラエルの民は、

神を呼び求めました。

どんなに放蕩に身をくずし、

神から離れた息子でも、

神に帰り、助けを求めるなら、

神は救いの手を差し伸べてくださいます。

しかし、イスラエルの人々が主に呼ばわったとき、

主はイスラエルの人々のために、

ひとりの救助者を起して彼らを救われた。

すなわちカレブの弟、

ケナズの子オテニエルである。

(士師記3:9)
他に求めてはなりません。

偶像はなにもこたえてくれません。

偶像には何の力もありません。

神は、愛の神、力の神です。

どんな罪深い人も、

間違った人生を歩み、神から離れても、

神を呼び求めれば、

神はあなたを助けてくださいます。

それから、彼らはエリコにきた。

そしてイエスが弟子たちや

大ぜいの群衆と共にエリコから出かけられたとき、

テマイの子、バルテマイという盲人のこじきが、

道ばたにすわっていた。

ところが、ナザレのイエスだと聞いて、

彼は「ダビデの子イエスよ、

わたしをあわれんでください」と叫び出した。

多くの人々は彼をしかって黙らせようとしたが、

彼はますます激しく叫びつづけた、

「ダビデの子イエスよ、

わたしをあわれんでください」。

イエスは立ちどまって、

「彼を呼べ」と命じられた。

そこで、人々はその盲人を呼んで言った、

「喜べ、立て、おまえを呼んでおられる」。

そこで彼は上着を脱ぎ捨て、

踊りあがってイエスのもとにきた。

イエスは彼にむかって言われた、

「わたしに何をしてほしいのか」。

その盲人は言った、

「先生、見えるようになることです」。

そこでイエスは言われた、

「行け、あなたの信仰があなたを救った」。

すると彼は、たちまち見えるようになり、

イエスに従って行った。

マルコ10:46-52)

 

神が最初の士師としてたてたオテニエルは、

神の霊で満たされた人です。

彼がイスラエルをさばき、

そして救うことができたのは、

神の霊で満たされていたからです。

主の霊がオテニエルに臨んだので、

彼はイスラエルをさばいた。

彼が戦いに出ると、

主はメソポタミヤの王クシャン・リシャタイムを

その手にわたされたので、

オテニエルの手はクシャン・リシャタイムに勝ち、

国は四十年のあいだ太平であった。

(士師記3:10)

神の霊に満たされるとき、

いかなる闇の勢力にも打ち勝つことができます。

私たちが聖霊に満たされて、神を見上げ、

信仰を持って進んでいけば、

明日は今日よりも栄えるようになります。

奇跡が起こります。

自分は賢い、自分で何かをできると

思っているならそれは錯覚です。

人間の能力は、

神の領域に達することはできません。

どんなにすごいものを作る人でも、

命を創ることはできません。

神には不可能はありません。

神が共におられるとき、

人知でははかり知ることのできない奇跡が起こります。

人生は思い通りに行きません。

それを悟ることができたなら、

それこそが神の恵みです。

なぜなら、思い通りに行かないからこそ、

神の前に行くようになるからです。

人生は思い通りになると思った人は、

神の前に行きません。

神に呼び求め、聖霊に満たされましょう。

聖霊の力で世に勝ち、病に勝ち、

多くの奇跡と、いやしを体験しましょう。

聖霊に満たされたオテニエルが、

イスラエルを救ったように、

力ある神は、今も、今を生きる私たちに、

救いの御わざを続けておられます。

 

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