「今から私たちはこのようになります」 2019.6.2
1 守られるようになる
あなたがたは、終りの時に啓示さるべき救にあずかるために、
信仰により神の御力に守られているのである。
(Tペテロ1:5)
神様は、私たちの人生を守ってくださいます。
だから、なにも心配する事はありません。
神は私たちを、見捨てることはなく、
目のひとみのように守ってくださいます。
主はこれを荒野の地で見いだし、
獣のほえる荒れ地で会い、
これを巡り囲んでいたわり、
目のひとみのように守られた。
(申命32:10記)
この信仰を持って生き、祈り、願いごとを申し上げるなら、
問題なく生きていくことができます。
祈ったあと、心配になることがあるかもしれません。
まだまだ信仰が足りない思いになることもあるでしょう。
しかし、神が共におられると信じるなら、
心配する理由がないのです。
なぜなら、神は私たちを守り、
万事が益となるよう働いてくださるからです。
2 大いに喜ぶようになる。
お酒や薬におぼれるのは、
彼らには本当の喜びがないからです。
本当の喜びは主が与えてくださいます。
深刻さはイエスが背負い、捨ててくださいました。
だから、信仰生活をすればするほど、
明るい顔になります。
深刻な状況にあっても、
すべての重荷を神にゆだねましょう。
人生は短い。残された時間はそんなにありません。
短い人生を、どうして難しい顔をして生きるのですか。
笑顔で生きましょう。
もちろん、人生は簡単なものではないことも承知しています。
しかし、難しい顔をしても問題は解決しません。
聖書は、試練や悩みの中でも、
大いに喜ぶようになると言っています。
そのことを思って、今しばらくのあいだは、
さまざまな試錬で悩まねばならないかも知れないが、
あなたがたは大いに喜んでいる。
(Tペテロ1:6)
私たちは、神の子どもとなったのです。
そのことをもっと喜ぶべきです。
あなたがたの名が天にしるされていることを喜びなさい。
(ルカ10:20)
3 イエス・キリストを愛するようになる
あなたがたは、
イエス・キリストを見たことはないが、
彼を愛している。
現在、見てはいけないけれども、
信じて、言葉につくせない、
輝きにみちた喜びにあふれている。
(Tペテロ1:8)
キリストを、見たことはないけれども信じ、愛する。
これが本当の信仰です。
愛は、待つものではなく、
自ら積極的に表現するべきです。
祈るとき、
「主よ、私はあなたを愛しています、
愛しているから心の内を打ち明けています、
わたしの願いをかなえてください、
わたしの病をいやしてください」と、
告白して祈りましょう。
愛は待つものではありません。
互いに告白するものです。
イエスの名によって、
あなたを愛しています、
教会を愛しています、
家族を愛していますと告白することのできる
みなさんとなることを心から願っています。
いくつになっても、人は愛に満たされたいのです。
会ったとき、互いに愛していると口で言い、
互いに褒め、互いに激励するとき、
そして、互いのために祈るとき、
神は、あなたの内に聖霊を注いでくださり、
あなたを守り、導いてくださり、
祝福された人生、家庭を
築くことができるようにしてくださるでしょう。