「いつまでも存続するもの」 2010.10.17
人間は神に創造された当初は、二つの世界に生きていました。ひとつは外的世界です。これは物質的世界ともいうことができます。もうひとつは内的世界、言い換えれば霊的世界です。
最初の人アダムは、完璧な存在として創造され、この二つの世界の両方に生きることができました。しかし、罪を犯したために霊的な内なる世界を失い、それ以降、人類は物質的世界にのみ生きるようになりました。罪の壁が霊的世界から人を切り離し、それまでは神と自由に意思疎通ができたのに、神のみ心がわからなくなってしまいました。
これにより、人間は心の中にぽっかりと穴が開いたような状態になり、その穴をうめるために、ますます物質的世界に陥没していくようになりました。もっと稼ぐことで、もっと出世することで、もっと手に入れることで、失った内的世界を取り戻そうと、もがいています。
あなたの人生の目的ははっきりしていますか? イエスを受け入れた人以外は、この質問にハイとは答えられないはずです。
なぜなら、失った内的世界を回復して下さる方は、主イエス以外にいないからです。イエスだけが、罪のカベを取り払い、神との愛の関係を回復してくださるお方です。
イエスはあるとき5人の夫と離婚した女性に声をかけられたことがありました。幸せになりたいのに、それをつかむことのできない女性の心にあいた穴のつらさをイエスは知っておられ、
「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」(ヨハネ4:13-14)
と声をおかけになりました。
内的世界の回復において大切なことは「ゆるし」です。自分を傷つけた相手をいつまでも憎み続ける人は、憎しみの力によって自分の心が滅ぼされます。
自分の失敗をいつまでも引きずることも同じです。でも、自分の力だけで真の意味でゆるすことは不可能です。
しかし、こんな罪深い私が主の十字架の恵みによってゆるされたのだ、ということを知ったとき、はじめてゆるすことができるようになります。
では、イエスを信じて霊的な内なる世界を回復し、さらにそれが確信に変えられるためにはどうすればいいでしょうか。
それには「信仰・希望・愛」の3つの体験を重ね、霊的に成長することでが必要です。
「このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。」(Tコリント13:13)
1.信仰を体験する
信仰とは神のみことばに立つことです。物質的なものばかり追求すると信仰から遠ざかります。疲れを覚えるとき、落胆するとき、みことばに固く立って「主よ信じます!」といって前進するときに、試練という肥料により内面が成長します。
2.愛を体験する
使徒パウロは「たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。」(Tコリント13:2-3)といっています。
愛のない家は墓場です。愛のない人生は死んだも同然です。心の内側を燃やすエネルギーは、愛の炎です。キリストから与えられた愛が私たちの内側からあふれ、家庭に、職場に、教会に広がるとき、真の充足感を得ることができます。
3.希望を体験する
人は必ず死にます。この世を去った後、土に帰り、すべてが終わるなら人生はなんと虚しいものでしょうか。しかし、私たちの希望は天にあります。イエスを信じるわたしたちは、主がそなえてくださった新しい天と新しい地、すなわち天のエルサレムに入ることができます。
この確信により、私たちは完全に虚無から回復することができます。この希望によって、私たちは日々感謝し、喜びつつ前進できるのです。
以上