「世に勝つ者はだれか」 2010.7.25
現代のこの世の姿は、ひとことで言うと「世俗主義」であります。それは神を認めない、礼拝も信仰もない姿であります。
現代の日本は、この世俗主義が極端に発達してしまいました。このおおもとはアメリカから起こりました。
アメリカ発の世俗主義が世界を席巻し、戦後の日本は大きな影響を受け、それによって日本には自由と繁栄がもたらされました。しかし、若者を中心に、日本ではアメリカ発の世俗主義をはるかに上回る世俗主義が蔓延しています。
それは人間中心に立つ、神なき価値観であり人生観であります。その結果、人々は人生の意味を見失い、享楽を与えてくれるものが興味の中心となっています。
このような世にあって、キリスト者としての信仰生活を確立することは闘いであります。世の誘惑があり、思い煩いがやってきます。毎日曜日に聖日礼拝を守ることは容易なことではありません。それを勝ち取っておられる皆さんは幸いです。
しかし、イエスを信じて信仰の道をとる限り、これからもキリスト者としての闘いがあります。では、わたしたちはどうすれば、この世との闘いに勝利することができるでしょうか。
第一に、礼拝生活を確立することです。わたしの願いはこの礼拝堂の何百人もの人が集まることではなく、たとえ少なくてもここにあつまった一人ひとりが真の礼拝を捧げることであります。真の礼拝とは、キリストを通して罪をあがなってくださった神のみに礼拝を捧げ、自分はこの世のものではなくキリストのものであることを自覚し、告白することであります。この信仰の告白が世に勝つ力になります。それはイエスを神の子と信じる従順につらぬかれた信仰です。「世に勝つ者はだれか。イエスを神の子と信じる者ではないか。」(ヨハネの第一の手紙5:5)
第二に、かしこく対処することが必要です。イエスは弟子たちにこう言われました。「わたしがあなたがたをつかわすのは、羊をおおかみの中に送るようなものである。だから、へびのように賢く、はとのように素直であれ。」(マタイによる福音書10:16)
第三に、世に仕える道を見出すことです。私たちは、このような世俗主義がますます強くなるこの世を、いたずらに恐れず、よく見極め、侮ることなく真実に祈り、そして仕えなければなりません。病気の家族を看病しなければならない人や、置かれている現実から逃げたいと思っている人もおられるでしょう。しかし、今、あなたが置かれている場所には深い意味があります。必然性があります。あなたはそこに神から遣わされているのです。神は、あなたを必要としているところにあなたを置いておられるのです。その場所で、キリストにしっかりつながりながら、愛と奉仕に生きるとき、この世の力は後退します。